My Favorite Songs
Come Fly With Me
1958年にリリースされたフランク・シナトラ(Frank Sinatra)のナンバー。作曲:Jimmy Van Heusen。「一緒に飛行機でHoneymoonに行こう!」という内容。行先として出てくる場所が ボンベイ(インド)、ペルー、アカプルコ(メキシコ)。これが、当時のアメリカ人がエキドチックな魅力を感じた場所だったようだ。
私は、この曲をSwingで シナトラよりやや早いテンポでオープニングでよく歌っている。ライブハウスでこの曲を別の歌手が歌っているのをほとんど聴いたことがない。そういう曲を歌い続けることもおもしろいと思っている。
Song of the jet(ジェット機のサンバ)
ボサノヴァの創始者と言われるブラジルのアントニオ・カルロス・ジョビン(Antonio Carlos Jobim)が今はなきヴァリグ ブラジル航空のために1962年に作曲、披露したCMソング。
リオ・デジャネイロの着陸4分前の飛行機から見えるリオの美しいパノラマ(風景)を描写し、故郷に帰ってきた喜びを歌う。ジョビンを始め多くのミュージシャンがカバーしているが、ポルトガル語の歌詞で早いテンポで歌う例がほとんど。僕は、トニーベネット(Tony Bennett)の歌が一番好きで、トニーベネット(Tony Bennett)と同じようなアレンジ、スローボサでゆっくりしたテンポで英語で歌っている。この曲は、僕が覚えたボサノヴァの最初の曲。一番好きな曲のひとつだ。ちなみに、アントニオ・カルロス・ジョビンは、飛行機に乗るのは大嫌いだったことで有名。
The Lady Is A Tramp
ミュージカル「青春一座」のため、1937年にロレンツ・ハート(Lorenz Hart)作詞、リチャードロジャース(Richard Charles Rodgers)作曲によって書かれた曲。「その貴婦人はあばずれ」という訳するのが正しいと思う。歌詞には、曲が書かれた当時の若い女性のLadyらしからぬ振る舞いが皮肉られて描かれている。多くのミュージシャンにカバーされてきたが、1957年の映画「夜の豹」でフランク・シナトラ(Frank Sinatra)が歌い、彼の主要なレパートリーの1曲となった。また、2011年にトニーベネット(Tony Bennett)が、LadyGaGaとduetしている。僕は、このDuet Versionで多くの女性ボーカルと歌ってきた。これもほとんどのライブで披露している。
What A Wonderful World(この素晴らしき世界)
1967年にジョージ・デイヴィッド・ワイスが、ジョージ・ダグラスのペンネームを持つボブ・シールと一緒に書いた曲。1968年、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)が66歳のときにリリース。世界中で大ヒットした。ルイ・アームストロングの最大のヒット、代表作となった。ベトナム戦争の最中、世界平和を祈って作られた曲である。男性ボーカルには、ルイ・アームストロングの真似をする人もいるが、僕は、あえて自分流に歌っている。自然のそして人が生きゆくことの尊さを素直に表現している歌詞がすばらしい。
Straighten Up And Fly Right
ナットキングコールが作詞家アービング・ミルズと作った曲で、1943年公開された映画「Here Comes Elmer」のサウンドトラックとして使用された。ナットキングコールトリオの最大のヒット曲。この曲のヒットがきっかけにナットキングコールは、ソロ歌手になりメジャーになってゆく。曲の内容は、黒人に伝わる寓話。鷹の背中にサルが乗って飛んでいるという設定。鷹はサルを落として食べようとするが、サルは鷹の首を絞めて叫ぶ。「ちゃんとまっすぐ飛べ(Straighten Up And Fly Right)」と。楽しくて大好きな歌だ。
This Could Be A Start Of Something Big
スチーブ・アレン(Steeve Allen)が、自分が司会する1950年代TV番組「The Steeve Allen Show」のために作詞作曲した曲。番組の冒頭で、出演者全員でこの曲を歌う様がYouTubeで見れる。この曲は、多くのビッグバンドが好んで演奏している。曲の題名は、「これはきっとすごいことに始まり」という意味。私は、ハイテンポのSwingでときにはオープニングで歌う。これも歌っている人は少ない。大事なレパートリーのひとつだ。
Quando Quando Quando
イタリアのトニー・レ二ス(Tony Renis)の曲で、1962年のサンレモ音楽祭で披露されて世界的なヒットとなった。その後、エンゲルベルト・フンパーディンク(Engelbert Humperdinck)がカバー。これが一番有名でHONDAのCMで使用されて日本のお茶の間にも毎日流れていた。QUANDOとは、イタリア語で「いつ」という意味。女の子に「いつ、イエスと言ってくれる。」と迫る歌。原曲も、エンゲルベルトも軽快なサンバ風に歌っている。のちに、マイケル・ブーブレ(Michael Buble)が、ネリー・フータド(Nelly Furtado)とのDuet版をリリース。原曲よりかなり遅いBosa Novaで歌っている。僕は、このバージョンで、10年以上前から多くの女性ボーカルとDuetしてきた。好評なので、ほとんどのライブでこの曲は歌っている。
When You Wish Upon A Star(星に願いを)
ウオルト・デイズニー(Walt Disney)は、偉大な総合芸術家だと思う。音楽も後世に残る素晴らしいものばかりだ。数々の著名なJazz musiciansがずっと演奏し続けてきた「いつか王子様が」(someday my prince will come)は、1937年のウオルト・デイズニー(Walt Disney)の最初の長編映画「白雪姫」のテーマソングだ。そして2つ目の映画、1940年の「ピノキオ」の主題曲が「星に願いを」(When You Wish Upon A Star)。木の人形のピノキオが星に願うのは、「人間の子供になること」である。私は、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)Vetsionのカラオケを長いこと歌ってきたので、同じ編曲のものにVERSEを付けて歌っている。この曲は、ネッド・ワシントン(ned washington)の作詞、リー・ハーライン(leigh harline)の作曲によるもの。
The Way We Were(追憶)
1973年の映画「追憶」の主題曲。作詞は、バーグマン夫妻(Alan&Marilyn Bergman)、作曲は、マーヴィン・ハムリッシュ(Marvin Hamlisch)。バーバラ・ストライサンド(Barbra Streisand)の代表作である。作曲者のマーヴィン・ハムリッシュ(Marvin Hamlisch)は、日本ではあまり有名ではないが、エミー賞、グラミー賞、トニー賞、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、ピリッツアー賞を全て受賞している。同様に6つを全て受賞しているのは、チャードロジャース(Richard Charles Rodgers)だけだそうだ。「若き日を追憶する」内容の歌だが、僕は、この曲は大好きで10数年歌い続けている。
My Love
僕が中学生の時に The Beatlesは解散した。LET IT BEがあまりに素晴らしかったので、The Beatlesのレコードは少しずつだが、全て買って、一時期は毎日聴いていた。The Beatlesの曲は、よくライブで歌っている。ところで、The Beatles のPaul McCartneyは愛妻Lindaのために多くの曲を書いている。その最後の曲が「my love」だそうだ。この曲は女性ボーカルと一緒によくライブで歌っている。Paulの最高傑作の内の一曲だと思う。

プロフィール
清水寛史
ジャズを歌っています。
2007年に Jazz Vocal活動を開始。
2007年からGINZ(調布)のシンガー、NORIKOからボーカル及びヴォイストレイニングの指導を受けており現在まで続いている。また2008年頃から約5年間、ジャズピアニスト岩谷泰行にjazzの指導を仰いだ。2007年から10数年間、jazz Vocal 宮古春男からJazz及び発音の指導を受けている。
2008年10月に調布GINZで初めてライブを行う。その後2年間は単独ライブを行うが、3年目以降は女性シンガーとの共演をベースとするようになり、Duetを必ず入れるライブを行いだした。
NORIKO 、友里倖子、黒木美樹、FUKUMI、あさばみほをはじめとして多くの女性シンガーと共演。2014年から友里倖子が率いる女性3人のグループLady Cubeと年に2回のライブを開始した。出演したのは、調布GINZ、、銀座シグナス、六本木All Of Me Club、六本木club t等。
2022年3月にサラリーマン生活を終え、Jazzに専任している。
2022年9月のLady CubeのTomicaが急逝したため、残った2人で結成したMahiro&Yuriと現在はライブを行っている。